全国電通労働者合唱団
ザ・ナッツのページ
ナッツの近況やお知らせはこのページの上部に記載します。
生い立ちや団の紹介はずーっと下のほうへ記載しています。
2005年あたり以前の情報は写真が重たいので一部削除しました。悪しからず。
2008年4月8日・6月4日
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ザ・ナッツの皆さんへ 2009年仕込みの4曲を送付しました。 4曲の編曲と「予備練習CD・各パート別4枚」を送りました。 72歳のじいさんが歌ったこの「予備」をもとに首都圏のメンバーが スタジオ文で録音してください。(文さんには感謝です!) その後必要なメディアで皆さんのところへ送られるという手順です。 メディアについては個人的な要望を出さないと全てCDになるでしょう。 曲は、下記の書き込みと同じ4曲です。 けれども私の声の衰えは隠せませんね。ごめんね。 思い立って、今年の「予備練習CD」と2001年の 「練習テープ」を聴きくらべました。7年前の声の張りと 今年との差は歴然だ! こりゃ仕方がないですねぇ! (2008年12月17日・更改) |
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ま、いいじゃないっすか。 2009年ナッツレパートリーについての最終提案です。 (1)11月26日締め切りの提案に27日現在で10名の方から |
「えーっ!?ウッソ!」銀賞だそうです。 (順でいくとナッツは5位とのこと)(08/11月25日深夜 更改) ●職場の部を聴いたふき団員も、ナッツ団長も「えっ! ほんと?」だって。 つまり「順当じゃない!」とのことらしい。ま、いいじゃないっすか。 音楽の評価は様々あって当たり前ですから。 ●でも、もしかしたら「演奏中のサインの出し過ぎ」だった私の責任かも。 (「双眼鏡」とか、たくさんサインを出したものね。こういうのは気にくわない という講評委員もきっといるだろうから、、、、。) |
| ナッツ、職場の部で(見事な)演奏 (指揮者の私が言うのもヘンですが、そうでした ! ) (08/11月24日 更改) ●全団体を調べたわけではないが、多分職場の部ステージでは最大人数の参加。 たしか46名(メモした紙が見つからず。男女同数だったです。金沢、富山、福岡 からも。)舞台ひな壇が2段だったので3列に並びました。演奏後拍手と賞賛の かけ声があって、感動して涙が出たという団員もいました。 ●写真が無くて残念だが、参加出来なかった団員のために若干雰囲気を伝えます。 ■22日は夕方6時から練習。地下鉄大江戸線の門前仲町下車、すぐのところ。 最近ボケ気味の私ですら、地図を見てすぐに到着できて手配地図に感謝。 ■この夜は、他の企画に出演のメンバーがあったりで、ナッツは30名ほどの出席。 ピアノは相崎さん。(P小林さんは他のリハだか本番があってNG。)それに 「人間の歌・企画」の指揮文さんの練習も兼ねたのでナッツ練習は1時間だけ。 しかし体操先生Kzさんも復活、声の先生Hosiさんも快調で熱が入っていました。 Yam夫妻が庭で収穫した柿をいっぱい車に積んで持ってきてくれたようでした。 ■約1時間で「ヘッドライト」と「サンディニスタ」を練習。その後は文さん指導で Ymちゃん含む3人のアコニスト・Aizさんピアノで「労働者はいいぞ」など。 ●翌朝(前夜練習後に何があったかはシリマセン。)は国立競技場近辺の 青年会館に10時集合。(なんと開場10.30、開演11.00 出演15.06なのに!) ●14.00に着替えていったん外へ出て、公演の一角で発声など。(寒くはなかった!) 14.45ころ、迷路のような地下リハ室へ。15.15分ころ本番。 直前出演が大阪の女声合唱団ハートランドが私の歌を再演してくれて感謝。 ▲いろいろ理由もあろうかと思いますが高齢者にとってこの「会場移動」や 「長い待ち時間は」こたえますよね。 ●で、ナッツの演奏! 知りたいでしょ!? 勿論私の手前みそですが「よかった!」 公演前急遽お伝えした「アルトの音補正」とか、いろいろ課題はあった筈なのに やっぱり最後は集中しましたね。いろいろと「今回限りの新サイン」も出しましたが、。 ■講評結果? 知りませんし、気にしていないから。 ▲もしナッツ演奏の写真が手に入った方は、HPに載せたいので是非送ってください。 (メールでのファイルか、FDなどか、、で) 聴いた私の印象では「国鉄東京」は素晴らしかった。 保育師さんたちの女声合唱は声が素敵。全て明るく華やか。 前日Bの部に出演した、わが「ふきのとう36名」は惨憺たるものでした。 |
2009来年のナッツレパ案、運営委員に メールで提起しました。 早速4人からご返事!(08/11月14日現在 更改) ●毎年、選曲、編曲、練習テープ作りというのはご存じのように大変です。 体力気力とも減退なので、ならば「仕事を早めに始めたい」というのが 動機で、2009年ナッツの選曲をずーっと考えてきましたが、「日うた」が 終わる前に提案をしました。 ●団員皆さん全員に提案すればいいのでしょうが、運営委員だけです。 このページを見て意見のある方は是非ファックスなりなんなりでご意見を。 08/11月中旬段階での高平からの選曲提案(今後の変更もあり) (1)「ひとつの空を(混声)」村上曲(電通創作曲集参照) (2)「自由を求めて(混声)」 初めの題名は「火取り虫」、いわしだんごのレパ サムトゥッソリの歌で、田島さん(残念ながら退団)の訳詞。 (3)「いとし子よ(混声)」 08日うた女声合同で歌う曲を混声にして。 (4)「美しき祖国のために」関忠亮作曲。青年歌集とか、うたごえ歌集とか 見てください。 (5)「箱根八里」 以前やった林光編曲よりはずっとやさしい高平編曲で。 ■これらの提案に今のところ「これで賛成」という意見や、「もう少し 曲数を少なくしたほうが」という意見などがあります。 運営委員ではなくても今後どしどしご意見をお寄せください。 (能力不足で、対応できるかどうか自信はありませんが、Faxで。) ■一定の意見がまとまったら、12月初めから編曲に入ります。 |
来年のナッツレパ、選曲始動 (08/10月7日 更改) ●例年、年末年始になるとナッツの選曲と練習テープ作りで 苦労します。だんだん歳をとってくるとそれが大変で 今年は早めに作業を始めることにしました。 金沢祭典帰路に金沢駅のバス停で偶然いわしだんごメンバーに 会ったものですから、かねてから思っていたTjiさん訳詞の 「火取虫」の楽譜と録音をお願いしたら本日録音も来着。 さすが銚子無線メンバーの仕事は速いね! (これが「電報屋気質」だ。) 選曲は他にもいろいろと案を考えています。「日うた」の前にも 運営委員を中心に皆さんへご相談しようと思っています。 |
| 初の裏日本、金沢電通祭典 大成功でした。 (08/09/23日 更改) 凄いなぁナッツは! ●ザ・ナッツは54名の参加だったと思います。交通費をかけて、団費を払って 指揮者からはとやかく言われて、、、それでもよくぞみんな来てくれます。 ●残念ながら銚子のTJさんは今回で退団。曰く「金が保たない!」と。 こういった世の中だし、当然かもしれません。彼が訳詞した「火取り虫」 いつかナッツでも歌いたいと思って楽譜を頼みました。(実は私編曲だった!) しかし一方で新団員入団!という話もありました。嬉しいですね。 ●O副指揮者デビュー。「ふれあい」というなかなか難物の曲を押しつけ、 初舞台でちょっと気の毒しましたが奮闘してくれました。 ●Ksさんはいつものように裏方徹底。ほんとに頭がさがります。 ●男声班の演奏、大好評でしたね。Ktaさんに言わせると「高平指揮で なかったからだ」とのこと。そうかもしれませんね。それにしても 副指揮Msさんは徐々に力を増してきつつあると思いました。 ■祭典の中でザ・ナッツの役割としては合唱発表会で (1)全体の演奏で(「ヘッドライト:サンディニスタ」) (2)ナッツ男声班(Mさん指揮)で「夜」 「おじんの詩」 (3)女声班「いぬふぐり」 「花には太陽を・・」で参加 そして ■大音楽会ラストでのナッツステージ演奏は (「ふれあい(Om指揮)」「労働者はいいぞ」 「サンディニスタ讃歌」 「風よ伝えて」)を歌いました。 演奏中の雰囲気から察して、観客にも満足して貰えたかと思います。 ■ナッツ北陸団員Ogさん、Gjさんも大活躍してくれました。 ![]() 上記土曜日の合唱発表会は反響板なしの響きの悪い会場でした。だから直前に ひな壇から降りて前に並んでもらいました。出演は全国から24団体の参加だったかな、 翌日は響きのいい素敵なホールで大音楽会ステージのトリ、正装で歌いました。 (Ksn氏撮影) 「日うた合発・エントリー」棄権について。 ■「男声班」 「女声班」 は講評委員会では好評だったのです。 だから講評点数では上位でしたが「ナッツ関連3団体推薦はアンマリだ!」 ということで急遽、臨時運営委員会を開き協議しました。 土壇場だったので全員集まれたわけではありませんが、全員一致で 「男声班、女声班の日うた合発職場の部推薦」は返上することになりました。 ■これでいいさ! 当然でしょう?! (他部門へのエントリーは可能かもしれません。それぞれの班の意志しだいです。) 2009ザ・ナッツ合宿は 再度浜松にお世話になります。 ●徐々に高齢化していくナッツですから、合宿は負担の少ないやり方で、と いう声が強かったのです。修善寺の合宿がいいという声も残っていますが 運営委員会としては浜松を選択しました。勿論Ksさんにはまたご苦労を かけることになります。 |
| ナッツの皆さん(仙台でのジョイントコン) お陰様でありがとうございました。 (2007年9月9日・更改 古い情報ですが、、) ![]() ■コンサートのさまざまな情報はもしかしたらすでに届いているかもしれません。 いろんなアクシデントもありましたが、さすが組織労働者は強い! というのが私の率直な印象です。「頼りになるなぁ!ナッツは!」 です。 ■正直に言って、ふきのとうは完全に「ナッツに食われ」ました。 仕方がありません。それが実力なのですから。 みんな悔しがっていました。でも「それが何故なのか?」をもっと学んでほしい というのが私のふきのとうへの希望です。 ![]() ■念願の「東北のNTT労働者へ、ザ・ナッツのうたごえを聴いてほしい」という 願いは一応のところ成功したと思います。ナッツ20年の歴史の中で東北は 始めてのことでした。その意味でも皆さんが来仙してくれた意義は大きいです。 ![]() ■いろいろご心配をおかけしましたが、私の体調(歯痛、食欲不振、体力不足)は 31日が最悪でホントにヘトヘトでした。けれど9月1日はなんとか持ち直し、本番も 振り違えもなくこなせたのはよかったです。(でも1日置いた4日は最悪でした 一日飯もくわず寝ていました。この先もあまり自信はありません。) |
| 21回目の合宿、成功! ■1987年に浜松で第1回目の合宿をやって以来20年歌ってきました。 ■21回目は伊豆修善寺ユースホステルで、54名(だった?)の参加。 今年は仙台でふきのとうとのジョイントがあることもあって 熱気にあふれた合宿でした。 (5月31日更改) 楠野さんから届いた写真の一部です。 ◇やっぱりナッツは反応がいい! 集中してますね。 ![]() ◇男声合唱「オホーツクの舟唄」は抜群でした。 このままステージに乗せてもいいくらい。 ![]() ◇沢山の「いつもの顔」が見えたのは嬉しかった。けれど 来られなかった人もいました。でも8月には東西の練習が ありますから取り戻すことは可能。 ◇私と並んでいる方は、Uホステルの管理人さん。今年で定年だそう。 ここも何度か続けて使わせていただき、感謝しています。 ![]() ◇みんな、いい顔してるねぇ。この数年間、ちっとも変わりがない。 この中にも70歳台が何人か居る? ちっともそんなふうには見えませんね。 飯野団長は裁判関連の集会とかで初日だけの参加でした。 第3ステージ、合同演奏の曲順が変わりました。 合同演奏曲順は以下の流れ (1)ふきのとう独自演奏「ブナの森の贈り物」・・・高平/寺嶋 ナッツが入場して (2)混声合同「大漁うたいこみ」・・・高平 (3)男声合同「オホーツクの舟唄」・・・高平/小林/山口 (4)混声合同「早春」・・・高平/小林/山口 (5)女声合同「朝鮮張下村の丘の教会で」」・・・高平/小林 (6)混声合同「アメイジンググレイス」・・・高平/小林 MC担当、星野耀子さん(元民放アナ) 会場と共に歌うエンディング (もし声がかかったら、アンコールに「私の好きなこの町」合同 |
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2006年ザ・ナッツ合宿は54名の参加で成功でした! (06・5月23日更改) ●今年で創立19年目を迎える「電通労働者合唱団ザ・ナッツ」例年通り伊豆の修善寺ユースホステルをお借りして5月19〜21日に行われました。南は福岡から、北は北海道から、広島、岡山、金沢、新潟、群馬、そして近畿圏、名古屋圏、東京圏。61名団員中54名の参加です。 (どうしてこんなにも大勢が!? 有難く、嬉しいことです!) ![]() |
第50回電通のうたごえ名古屋祭典の報告です。
05年9月3日・4日と名古屋の芸術創造センターを会場にして「第50回:電通のうたごえ祭典」が開かれました。大成功と言っていいでしょう。通信労働者の音楽文化50年を総くくりするイヴェントとして申し分の無いものでした。ひとつの音楽会としてみればなんといっても「音楽の骨格」がしっかりしていた。電通名古屋の雄、寺沢伸輔の企画構成が目立ちます。私が指揮を担当した「合唱組曲・自由なる朝へ」も約120名近い仲間たちが歌ってくれて熱気溢れれる演奏でありました。

上の写真は「自由なる朝へ」のステージです。「まぶしい朝(小林光・作曲)」「父さんの仕事」「機械」「坊や(寺沢伸輔・作曲)」のあと名古屋青年合唱団の25人が加わり「胸の底に」「早春」を歌いました。
ピアノ・小林康浩 アコ・山口光男 (なんと譜めくりが関西音舞会事務局長、ピアニストの市川淑子さん)
合唱組曲「自由なる朝へ」は、詩人の滝いく子さんの協力で1978年に作業を開始しました。そして当時電通(電電公社)で働く3人の労働者が(大胆にも!)作曲をしたのです。私高平はその作業の中で中心的な役割を与えられて、全8曲中5曲の作曲と伴奏編曲、そしてオーケストレーション編曲をしました。忘れられないのは1979年、東京太田体育館で行われた「日本のうたごえ祭典」で、800名の合唱、新星日本交響楽団フル編成の伴奏でこの曲を演奏したことです。このときに歌ってくれた電通の仲間が、今も運動の中心に居てくれ、かつ歌ってくれています。(前記の増田誠くんもそう。)なんと嬉しいことでしょうね! しかしそれにも増して嬉しいのはそれから26年経った21世紀になって、再びこの「自由なる朝へ」が歌われたことです。しかも合唱の中心部隊は電通の労働者で。終曲の「早春」を歌いながら、この四半世紀にあったさまざまなことがらが走馬灯のように思い出されました。(勿論、亡くなった妻のかをるのことも一瞬。)
| 2005年5月20日〜22日、伊豆の修善寺ユースホステルで第18回目の合宿がありました。 |
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18回目になる今年の合宿は例年とは異なって、ナッツ団員以外の仲間も一緒の合宿でした。9月の第50回電通のうたごえ名古屋祭典で演奏する「合唱組曲・自由なる朝へ」を共に歌う仲間です。 「合唱組曲・自由なる朝へ」は1977年、滝いく子さんの詩で私も含む4人の書き手が作曲した組曲です。初演当時に歌ったメンバーが今も沢山居て、終曲の「早春」へさしかかるとみんな胸が熱くなりました。 |
以下は常設の(2005年夏から)書き込みです。
■混声合唱団のザ・ナッツは全国各地のNTT職場で働く労働者によって1987年に設立されました。団員が集まっての練習は年に3回程度。2泊三日伊豆の合宿、そして電通のうたごえ祭典(各地が持回り開催する音楽会、2006年で51回目です。)日本のうたごえ祭典(2005年は広島開催、2006年は福井で開催)。例年この3回だけが会える機会という「ヘンな合唱団」です。
以下ザ・ナッツの歴史を・・・・・
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| ●たしか創立した1987年の電通のうたごえ祭 典だと思います。 |
●人数も少なかった。現在は団員でない方もいます がみんな元気です。 |
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| ●前列右から4人目は「創立呼掛け人」の一人小 林 光さん、現在は退職して韓国との国際交流に 力を発揮しています。 |
●2000年に入ってからもナッツで歌い続けている人はこ の中で半数ぐらい。現役は少なくなりました。 |
■団員のそれぞれは全国各地のNTT職場で働いています。働いている地域にはNTT労働者の合唱団がある所もあれば無いところもありますが年に一度の合宿には北海道、仙台、埼玉、群馬、首都圏各地、浜松、関西各地、岡山、九州などから50数名の団員が集まり、数曲を練習して仕込みます。近年の合宿は伊豆、今年も修善寺のユースホステルにお世話になりました。
●「全国の電通職場(当時はまだ電電公社でした。)には大勢の歌う仲間がいるんだから、ひとつに集まって歌えたら楽しいだろうね!」と、単純に考えて
【仙台の高平】、【三多摩の小林】、【名古屋の寺沢】の3人が全国に呼掛けを出しました。そして集った結成大会と第1回の合宿は浜松。それ以来浜松の楠野さんにはお世話になっています。
●当時、メンバーは全員現役でした。勿論私も仙台の電報局で働いていました。ザ、ナッツの存在はその後の電通のうたごえ運動に大きな力になりましたが、創立当時はそんな大それたことは考えていなかったのです。
■ザ・ナッツは「テープ合唱団(今はCDですが、)」と言われます。合宿に向けてテープと楽譜を頼りに独習するのです。創立した当時は「ヘンな合唱団ね・・・」と言われました。確かにヘンな合唱団ですね。だって年間の延べ練習時間は20時間もないのですから、、。
●下の写真は1993年に「大阪→神戸」と連続で開いたザ・ナッツ第2回目のコンサートです。
●当時のピアニストは懐かしい相崎智子さん。
●アコニストが5人もいる合唱団なんてめったにありませんよね。
●左端後の男性は、左から神戸の前田さん(現在はナッツ団員)、大阪のエンジニア溝口さん、名古屋の寺沢さん(OH人生合唱団の指揮者)です。
●みんな若かったです。

上の写真は札幌で行われた第47回電通のうたごえ祭典でのザ・ナッツ。
下の写真は2000年に東京駒場エミナースで行われた第3回コンサートのステージ。

今日はここまで。(工事中です。)